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10.04.14

福岡、唐津、そして隆太窯

暖かかったり寒かったりで季節の定まらない三月下旬のこと、仕事で博多に行くことになり、1週間ほどを過ごしてきた。

博多は約10年ぶりの再訪だ。
すでにかなり成熟した都市だと思っていたけれど、10年も経つとその記憶の中の情景とはちがう、あらたな景色が混ざっていた。

にわかには思い出せない、裏通りや古い建物。
まるでそれらを確認するかのようにゆっくりと歩きはじめたが、しだいにワクワクした気持ちが心を揺らし始めた。

不景気の影響もあってか、大きなビルの一階がちょこちょこ空いていたり、あちこちでテナント募集の看板をよく見かけた。
それでも天神の中心部は活気にあふれ、古い店と新しい店の混在した商店街が、地方都市ならではの個性を放っていた。

地方都市でよく感じることだけど、博多や天神は大きすぎず小さすぎず、生活するのにちょうど良いサイズ感だ。
それでいて必要なモノや情報は、過剰すぎずに揃っている感じ。

会う人がみな、地元を愛しているようで、「福岡を離れられない」というようなことを言っていたが、わかるような気がする。
食べ物はうまいし、物価も安い。海もあって、人も良い。
いや、そんな通り一遍の美辞麗句では言い表せない、どこか人肌に優しい住み心地の良さのようなものを感じたのかもしれない。

かなうことなら、天神から少し下った薬院あたり、あるいは海をのぞめる丘に佇む瀟洒なマンションか一軒家に、2、3ヶ月でもいいから住んでみたい。


さて博多では比較的時間があったので、ちょうど一年前に結婚して東京から拠点を移した料理研究家で友人でもある、広沢京子ちゃんに会うことになった。
赤ちゃんが産まれてすっかりママになっていたけど、あっちのお店やこっちの人やらと時間を惜しまずつきあってくれ、ずいぶん甘えてしまった。

彼女なりに、お勧めの場所や人を、なるべく短時間で紹介できるよう、いろいろと考えてくれていたのだ。

九州の人は、人を迎え入れることに慣れているのか、もてなし上手というか、だれに会っても気持ちのいい人たちばかりで驚くほどだった。短い滞在ではあったけれど、とても心地いい時間を過ごせた。

でもそれもこれも彼女のおかげかもしれない。
そもそも人見知りの僕にとって、あいだに人が入ることでかえって親密になれることはよくあることだ。

この際、一生彼女にあいだに入っていてもらえないだろうか。
こんなわがままを言いたくなるくらい、彼女は福岡の人たちの中に自然にとけこみ、馴染んでもいた。

ややもすると新しいお店だの博多名物だのと、調子に乗ってはしごしてしまうような浮ついた旅となりそうなところ、彼女のおかげで微妙に視線をずらした福岡が、ほんの少し垣間見えたような気がした。


話はそれるけど、中心部から少し離れた何の変哲もない通りを歩いていて、偶然海外でのバイヤー仲間とばったり出くわした。

思わず「なんでこんなところで偶然!」と発したが、しばらくは驚きで次の言葉が見つからなかった。

しょっちゅう会っていると思っていたけど、よくよく考えてみると、日本で会うのはこれが初めてのことだった。
そのほとんどはスウェーデン、しかも片田舎でのことだ。

いつもなら、買付けの成果や旅先であったおかしな出来事を、心もち自慢気味に(?)、さらにはおもしろおかしくも語りあったりするのだけど、今回ばかりは勝手がちがった。

お互い格好も雰囲気もまったく違って見えたようで、非日常と日常の混じりあう、なんとも不思議な気分が漂った。



さて博多で出会った人の中に唐津出身の方がいて、唐津情報をずいぶん丁寧に教えていただいた。
もともと唐津焼に興味があったことも手伝って、仕事を終えてから糸島経由で唐津に向かうことにした。

糸島については景色がいいということ、そしてとれたてのカキをその場で焼いて(焼きカキ)食べられるところがある、とほうぼうで聞かされていたこともあって、カキやサザエなど魚介好きの僕はどうしても訪ねてみたかったのだ。

文字通り、カキを網の上に置いてただ焼くだけなのだが、なんとも香ばしい湯気や煙がたちこめ、カキのチーズフォンデュ焼きやマヨネーズ焼きなど、今まで味わったことのないメニューもあった。
原始的な調理法、それもセルフでということもあって、価格もリーズナブル。

こんなとき、いつも思い浮かぶのは「お金で買える幸せもあるもんだ」。
ほんとうに、至福のひと時だった。


そんなこんなで糸島で時間をかけすぎて、唐津での時間が足りなくなってしまった。
やっとのことで辿り着いた唐津は、想像していたよりも趣のある街だった。

といっても街なかは車で通り過ぎただけなので、自信を持って言い切れないけれど、唐津の街の造りや雰囲気からはどこか独特なものが伝わってきて、あらためて再訪したいと感じた。
田舎に行くと、結局はどこも同じように見えてしまうこともよくあるけれど、ここでは違ったのだ。


そして少し郊外の山里にある、唐津焼などで有名な「隆太窯」はほんとうに素敵なところだった。
清流流れる川のたもとにあるその場所は、山々や畑に面し、おそらく陶芸家にとって没頭のできる、とても味わいのある仕事場だ。

20年ほど前に陶芸家の「中里隆さん」(トップ画像)がこの場所に窯を構えた
と聞いたが、隆さんの当時の気持ちや高揚感などを勝手に想像してしまった。
あの場所に出くわす経緯や、どの位置にどのような建物をたてるかなど、どんなにわくわくドキドキしたことだろう。

この場所を見つけたこと、そしてこれからのことなど、きっと僕なら想像ばかりが膨らんでしまい、仕事が手につかなくなるにちがいない。

そしてその日は偶然にも、普段は国内外を含め飛び回ってらっしゃる隆さんがおられた。アトリエでろくろに向かうその姿を拝見できたのは光栄なことだった。

このような場所を作り上げてしまうのは、職人として、陶芸家として優れているだけでなく、現代性も兼ね備えたセンスの良さがあるからではないだろうか。
お話をうかがい、隆さんのかもしだしている雰囲気に包まれているうちにそのように感じたのだ。

その日は隆さんの息子さんである、中里太亀(タキ)さん制作のお皿を数枚買って帰ることにした。
またあらためて時間をとり、唐津の街に出向いて、隆太窯にも足をのばしたい。

骨董屋「LIBRA」とその代表相良氏。昔よくイギリスに出向いていたころ、買い集めていたアイテムなども見かけ、なつかしくもあり、共感を覚えた。

セレクトの渋さがかえって新鮮に映る。「LIBRA」の品揃えは今の日本では見あたらないかも。


フレンチアンティーク家具などを扱う「KRANK」の屋上。内部はギャラリースペースに。品揃えもさることながら、オーナーの藤井兄弟も良かった。

糸島沿岸を走っていて見かけた、エアロな建物は内科の病院だった。


その名の通り、ただカキを焼いて食べるだけ。

唐津に行ったらマストだと教えてもらった、老舗うなぎやの竹屋さん。今回は時間がなく通り過ぎたけど、またあらためて出直して来たい。


隆太窯を流れるなんとも風流な小川。

ステンドグラスがあしらわれている、隆太窯のギャラリー。


小高い山や畑を背景にした、ギャラリーの窓辺からの景色。

アトリエの脇に並べられた、作品たち。


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